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Kompleks Graffiti

音楽、イギリス、哲学等について記していきます。

自分を基準にしないということ

 私は仕事などにおいて他人を評価する時に自分をその判断基準にしてはいけないと考えている。理由は他の人が自分とは異なる人間であることを無視していること、そして自分が正しいという思い込みで人を判断していることだ。

 

 自分は耐えたなどと言いパワハラのようなことをするような人間は、あくまで「自分」が耐えられる人だったということを理解していない。人それぞれ耐えられるものと耐えられないものがあるのだから、自分の出来たことを強いることは間違いである。

 

 厄介なのは客観的な判断をしているようで主観に陥っているときだ。これは「普通〜する」や「〜が常識」などあたかもある評価基準が社会に存在しているかのような話ぶりをしているときに顕著である。「常識、普通=正しい」という考えに囚われて自分自信で考えることをしないと、「常識」を押し付ける人間になってしまう。そして異なる普通の考え、常識を持つ人々が主張しあえばそれは平行線をたどるのは目に見えている。そもそも自分が普通だと思ったことをなぜ普通だと思ったのかを考えて欲しい。自分の周りはそうだからだろうか。しかし日本の人口の何パーセントの人と触れ合って自分の周りを一般化しようとしているのか。自分が普通だと思うことなどあくまで自分の感覚でしかないことを自覚すべきである。

 

 まず目の前にいる人間に自分の考える普通や常識が通用しない時点で自分を疑い、自分の主張に根拠があったのかを改めて問うべきだ。「私は〜は常識だと考える。なぜなら・・・」と自問すると簡単に答えは出ないはず。その答えが出ないものを他人に押し付けるのは強制であり、ある種の暴力だと思う。

 

 まずは普通や常識という言葉を安易に使うことをやめるべきだと思う。

 

 

ランニングを始めて感じること

12月からランニングを始めて2ヶ月程になる。自分は運動よりも頭を使う音楽や勉学などに比重を置いていたのだが、体を動かしてみることで色々と気づくことがあった。

 

・時間感覚が変わった

筆者は中学の頃は陸上部で30分走や1時間走をこなしていたのだがその頃はやたらと長く感じていた。最近になってやってみるとそこまで長く感じなくなっていた。それ程時間感覚が変わったのかと思うとやはり人生の折り返しは過ぎたのかと思う。

 

・自分の知らない筋肉が衰えていた

長い間激しく呼吸をすることがなかったせいだと思うが、ランニングを始めてすぐに肋骨のあたりの筋肉痛になった。たまに腹筋を鍛えようと考えて上体起こしなどをしたこともあったが意図的には鍛えられないところもあることを痛感。

 

・内面を見つめられる

走っていると、自然にいろいろなことを考える。走り方はもちろん仕事のことや今後の生き方のことなどを考える。自分の内側を注視する時間になっている。家だとネットを眺めて時間を過ごすことが多く、自分の内から湧いてくるような考えに浸ることが少ない。つまり基本的にネットなどをみて考えることは自分以外のもの(ニュースなど)がきっかけとなるため自分主体の考えではないが、ランニング中の考えは自分の中にある潜在意識的なものから生まれるものだと思われる。よってランニングは他の誰でもない自分のために考えることができる時間になっている。

 

・目標が目に見える

ランニングはタイムを計りさえすればすぐに次の目標が出来上がる。そしてそれを更新するたびに少しの達成感が得られる。これはなかなか成果が目に見えない音楽や学問では得られない感覚かもしれない。

 

ランニングは独りが苦ではない人が始めると意外とはまってしまうかもしれません。

 

 

 

伝えるということ(簡潔さと複雑さ)

仕事で人に何かを伝えないといけないことがありますが簡潔さと複雑さの問題で最近よく頭を悩ませております。

 

簡潔さと複雑さ(Simplicity and complexity)の問題とはつまり、

 

簡潔さを求める場合、伝わりやすい反面詳しい部分を伝えないことになる。そして複雑さを求めると難しくなるため伝わらなくなってしまう。このジレンマのことです。

 

この問題を考慮すると伝えるということは伝える相手が必要としている情報をいかに取捨選択するかということに尽きます。そうなると結局は相手がどういう人間かの見極めが伝わるかどうかの鍵になります。相手に応じて専門用語を避けたりするのはこのためです。専門家が専門家相手に話すのであれば専門用語を使った方が伝わりますが、そうでない人には伝わりません。よって万人にわかりやすいものよりも、特定のターゲットにわかりやすい伝え方の方がより、「伝わっている」ことになると思います。

 

逆に聞く方は自分が説明を聞いて分かりやすかったと思った場合こそ、注意しなければなりません。なぜならば、わかりやすいということは話者によって聞き手が分からないであろうと判断されたことが削ぎ落とされている可能性が高いということを意味するからです。よって聞く側はどんなにわかりやすかった説明でも、なぜそうなのかを考えることをしなければ全体を理解するには至りません。当然全体を理解していなければ本当の意味で理解したということはできません。よって聞き手は常に理解を深める姿勢が必要になります。

 

この双方からの視点で見ると、本当に伝わったと言える話というものは、聞く人が知らなかったことを理解できるものであるということに加えて、伝えられたことをさらに深く知ろうと思えるきっかけが与えられるものなのかもしれません。

差別なのかどうなのか...

 イギリスに留学中に差別を受けたかどうかを振り返ると、あまりはっきりとしたものは受けていないと思うのですが、果たしてあれはどうだったのかというものがあります。

 1.理由もなく全力で雪玉を当てられた

 雪が積もったある日、帰宅中に何人かの少年に思いっきり雪玉を投げつけられました。果たしてあれは自分が黄色人種だったからなのかそれとも誰彼構わずそうやって投げつける連中だったのか。

 2.サービスが悪い

 接客を受けている時にすごく面倒くさそうに対応していたのは差別なのでしょうか。それとも誰に対しても悪い対応なのでしょうか。

 

 以上2点に関しては受け取り方によっては差別とも感じられそうな気がします。しかし外国という文化の異なる場所で、自分の身に起きたことは果たして人種に起因する特別なことなのかそれとも誰にでも起こることなのかというのは如何にしてわかるのでしょうか。

 特に訪れている国の言葉を理解していなければ誤解で差別と感じてしまうこともありそうです。例えばレストランに行ってガラガラなのにも関わらず入店を拒否されたとしましょう。店員はその国の言葉で何かを言いながら拒否していたとします。するとこちらとしてはなぜかガラガラの店に入ることができなかった。これはもしかして差別かなどと考えてしまうかもしれません。もしも店員が○○人は入れないとか言ってたら差別です。しかし貸切だとかこれから店を閉めるところだとか言われていたとしたら正当な理由です。

 なかなかどこまでが差別でどこまでが普通の対応なのかの線引きが難しいケースはあると思います。差別の根絶は当然目指すところですが差別ではないものを差別としてしまうことは無駄な嫌悪を産むことにも繋がると思うので注意が必要かもしれません。

 

 

iMovieでPV制作

バンド 音楽

筆者のバンドBasilica Atraの新曲を映像を公開しました。今回はこの動画の作成方法を簡単に説明します。

 

www.youtube.com

 

使用ソフト

iMovie

Adobe Illustrator

 

素材

今回のビデオで使った動画素材はPixabayというサイトからダウンロードしています。

 

pixabay.com

 

これがなかなか良いサイトで写真や動画を無料かつロイヤリティフリーで使用可能です。筆者のバンドではライブで投影する映像用にもここの動画を用いています。

 

またバンドロゴや文字はillustratorで作ってpngで保存し、動画の中でロゴ、文字のみが映るようにしました。

 

編集

iMovieはあくまでMacの初期装備なので、アクションが限られているのですが行った作業は以下の通りです。主に作業画面右上部を使います。

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・カット - 何本かの動画を細かく区切り、ランダムで混ぜ合わせました。動きのある動画になったと思います。作業画面下部のクリップにカーソルを合わせてカットで簡単にできます。

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・速度の調整 - 早回しにしてスピード感を出したり、スローモーションにしてメリハリをつけたりしました。

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・色の調整 - 白黒にしたのと火の色をカラフルに見せるための調整をしています。

・重ねる - ロゴと文字はオーバーレイのアクションで動画に重ねています。ピクチャ・イン・ピクチャなどを使っています。pngなら下のような感じでロゴのみが映るように出来ます。

 

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・文字の色 - Illustratorで文字の色を何パターンか作り、それを短い時間で繋ぎあわせることでネオンが光るようなエフェクトを作りました。要するにパラパラマンガの要領でロゴの色に変化を加えるという作業です。動画では1:40あたりになります。

 

これらの調整を一気に行うと負荷がかかるので部分ごとに保存して繋げ合わせた方がスムーズだと感じました。

 

素材なども自分で撮影したものなどを使えたらもっと可能性は広がるのではないかと思います。

ラッセル「幸福論」その① 〜リスクと愛情〜

イギリス 哲学的なこと 英語

 今後何回かラッセルの幸福論から気になった文章を取り上げたいと思います。ブログを始める前から読んでいた本なのでいきなり12章「愛情」から始めます。

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 この章でラッセルはAffection(愛情)を取り扱っており、愛情を受けることで安心、安全を感じことができ、そしてこの安心、安全を感じることが幸せへつながると主張しています。そんな章から一部抜粋いたします。

 

Within the four walls of his library the timid student feels safe. If he can persuade himself that the universe is equally tidy, he can feel almost equally safe when he has to venture forth into the streets. Such a man, if he had received more affection, would have feared the real world less, and would not have had to invent an ideal world to take its place in his beliefs.

 四方を囲まれた書斎で内気な生徒は安心する。もしこの宇宙も同じように狭いものだと納得できるなら、街へ飛び出さなければならない時にも同じように安心していられるだろう。そのような内気な人は、もしももっと愛情を受け取っていたとしたら、現実世界をそんなに恐れなかっただろうし、自分の頭の中に理想の世界を作る必要もなかっただろう。

 

 安心を得られればリスクをとることのに対する恐怖心がなくなり困難にも立ち向かえるとラッセルは語っています。子供の頃から愛情を受けていれば安心が得られるそうです。リスクを感じないことの利点をラッセルは以下のような例を挙げて説明しています。

 

If you are walking ober a chasm on a narrow plank, you are much more likely to fall if you feel fear than if you do not.

細い板で谷間を渡っているとすると、恐怖心を持っている方が持っていないより落ちる可能性が高い。

 

 子供の頃の影響から抜け出すことは難しいとラッセルは語っており、そんな残酷なことを言わないでもいいのではないかと思うのですが、恐怖心を持たない方が物事はうまくいくという考えは何かに挑戦する上でとても重要であると思います。

 

 

バートランド・ラッセルについて

イギリス 哲学的なこと

 現在バートランド・ラッセルの「The Conquest of Happiness(幸福論)」を読みすすめておりまして、今後その中から気になる文章を取り上げていこうと考えているのですが、その序章として簡単にバートランド・ラッセルについてまとめておこうと思います。

 

経歴

 バートランド・ラッセルは1872年に生まれの、イギリスの数学者、論理学者、哲学者。学校には通わず家庭教師に教わり、ドイツ語とフランス語を習得。1890年にケンブリッジ大学トリニティカレッジに進学。数学学位第1級合格者となる。1894年にケンブリッジを離れる。ベルリンで政治、パリでは数学の研究を行い、1903年にThe Principles of Mathematicsを執筆。1910年にトリニティカレッジに講師として着任。ここでヴィトゲンシュタインを教える。第一次世界大戦が勃発するとNo-Conscription Fellowshipという平和主義の団体に参加。1916年にトリニティカレッジの職を解任。1918年には反戦の論説を書いたことにより6ヶ月間投獄。この投獄の間にIntroduction to Mathematical Philosophy(数理哲学序説)を執筆。1927年から1932年までは2人目の妻と学校の運営。1938年にアメリカに渡り、様々なトップレベルの大学で教鞭をとる。1944年にイギリスに戻りトリニティカレッジでの職を再び手にする。1950年にはノーベル文学賞を受賞。1955年物理学者アインシュタインとともに作り上げたラッセル=アインシュタイン宣言を発表。1950年代と1960年代は反核運動ベトナム戦争反戦運動に注力。1970年死去。

 

業績

ジョージ・エドワード・ムーア(G.E. Moore)とともに分析哲学の礎を築いた。

・論理学ではアリストテレス以来の伝統を打ち破ったと言われる。ラッセルのパラドックスなどでも有名。

・女性の権利や戦争などに関する著作も多く残しており、近年倫理学の面でも注目されている。

ノーベル文学賞"in recognition of his varied and significant writings in which he champions humanitarian ideals and freedom of thought."(思想の自由や人道的な考えのために書かれた多岐に渡る優れた著作を表して)与えられた。

 

女性関係

 人生で4回も結婚しています。不倫も多かったらしく、性的な関係は数年で飽きてしまうと語っていたそうです。何かで偉大な功績を残す男性はこういうところがあるようです。

www.telegraph.co.uk

 

 

 簡単ですが以上バートランド・ラッセルのまとめです。細かい業績を書くためにはもっと勉強しないといけませんので機会があれば。。。