Kompleks Graffiti

自転車、音楽、イギリス、哲学等について記していきます。

自転車の記憶2.2 一関〜湯沢市とことん山キャンプ場

中学生東北3県グランツール2日目。朝一で真湯温泉に浸かり体を温める。

この日は真湯温泉から須川温泉を越えて、秋田県湯沢市のとことん山キャンプ場に向かう。須川温泉までは標高1118mのヒルクライムだ。改めて地図で調べると距離は33km程。

朝から雨模様の天気。そして登坂を続けると次第に霧が濃くなり、視界も悪い。

特別に訓練されたわけではない中学生には特に厳しい道のりだ。自然とそれぞれのペースでバラバラに登って行くようになった。種田山頭火のわけいってもわけいっても青い山ならぬ、登っても登っても登り。テントやシュラフを積んだ自転車は重く、速度が落ちると不安定になる。霧が濃いから風景も楽しめない、そんな時間がずっと流れていった。

 

硫黄の匂いが漂ってきた。周囲は木々が低くなって標高が高いこととここが火山であることを知らせてくれる。頂上の須川温泉に着いた。

 

須川温泉には足湯があり、そこでここまでの足の疲れを癒した。熱過ぎた足湯でガヤガヤ騒いでいるうちに我々は元気を取り戻していた。

 

ここからひたすらご褒美の降りである。バイクのおじさん達は手を振って先に行くのだが、コーナーで追いついてしまいなんとも具合の悪いことが何度かあった。

 

人生でこれほどの時間、距離を下ったことがなかったので、未だにその感動が相まって人生最高のダウンヒルとして燦然と輝いている。これは登っているからこその感動だ。

 

とことん山に到着したときには、山頂の疲れはどこへやら。当初の予定では川遊びをしようとしていたのだが川は温泉が流れていて高温のため泳ぐことが出来ないことが誤算だった。

 

キャンプ場内の温泉は露天もあり爽快。露天の端まで行くと、橋が見えて人がいる。つまり丸見えだった。

 

その日の夜は雨と汗で臭くなったテントで、寝苦しい夜を過ごした。

 

 

2019年は「受け入れる」

新年明けましておめでとうございます。今週のお題「2019年の抱負」について。今年は「受け入れる」かと思っている。

自分はこの「受け入れる」ということがとても苦手で、このことから多くの自分の望まない結果をもたらしていると思われる。

特に昨年は仕事の面でうまく受け入れることができていなかったと反省している。具体的には仕事の進捗が悪いことなのだが、受け入れることをせずに自分で無理に対処しようとした結果、仕事が余計に片付かなくなりプライベートが侵食された。

これまで問題にしてこなかったのはそこまで自分に対処が出来ない不都合なことが生じてこなかったからだろう。例えばもともとスケジュールを立てることは得意ではなかったが、学生時代はそれが問題になる程スケジュールが詰め込まれることはなかった。手帳を持ち始めたのも働き始めてからなのだから…

根本的には自分自身を受け入れられていないというのが1番の問題だと思った。自分の欠点をわかっているのだが、それを受け入れようとはしていなかったし、もっと言えば周りにも受け入れてもらえると思っていなかった。このことが起こす問題はこれまで実害としてあまり表面化しなかったのだが、仕事において、つまり他者との関係において表面化された。

なので今年は受け入れることを目標とする。受け入れて挑戦したい。

今年も宜しくお願いいたします。

 

 

自転車の記憶2.1 仙台〜一関

遠刈田への自転車旅行に気を良くしてしまった友人と私は、次なる旅を目指していた。時は中学3年の夏である。さすがに中学最後の夏休みということもあり、前回よりは大きい規模の旅行にするつもりであった。

他県に行きたいという考えがあり、最終的には岩手、秋田を通り、帰還することになった。予定は2泊3日。中学生にとってはグランツールとも言えるような距離感。

さて、旅程はこうだ。

Day 1: 仙台(宮城)~一関(岩手)

Day 2: 一関~湯沢(秋田)

Day 3: 湯沢~仙台

各地点には温泉があるため、今振り返ると体のメンテナンスのことまで考えられた良い旅路である。そして最短距離で2県をまたぐことができるのもうれしい。

さて初日目的地は真湯温泉キャンプ場。以下GoogleMapで出る最短距離ではなく、一関を経由するためおよそ110kmほどの旅路だったろうか。

 

 

早朝に出発した。ひたすら仙台市から北上する。仙台から大崎、栗原まで一関までは平坦基調である。我々集団は途中から2人と3人に離れ離れになっていた。1人が足を痛めてしまいペースを落としていた。そのことを知らずにどんどん先に進んでしまった、当時の自分には相手のペースに合わせるということができなかったのはとても残念なことだ。残念ながら彼は一関でリタイアとなった。

一関からは西へ奥羽山脈栗駒山の方向に向かう。道中には厳美渓という風光明媚な厳美渓がある。夕方になり、空は曇ってきた。少しずつ暗がりが広がる中自転車のペダルを踏み続け、ようやく目的地の真湯キャンプ場についた。だんだんを雨が降り始め本降りになってきた。テントサイトにいくと、すのこなのだが、雨ですっかり濡れていた。初日からフライシートの出番はあまり気持ちのいいものではない。そして自分の旅には雨が何かとつきものであるが、雨の中炊事をするのは非常に億劫だ。

待望の夜食だが、夜の炊事場は蛾が群れなす恐ろしい空間だった。雨であまり落ち着いて食事をとることはできなかったと記憶している。

寝る時には結構雨が強まっており、テントに水が沁みてきていた。計四人の男がぎゅうぎゅうに詰まり、雨まで沁み出したテントは最悪の空間だった。不謹慎だが5人そろったままだったら、入れていないのではないかと思った。計画は大切である。そんな状況のなか次の日は栗駒越えが待っていた。

 

自転車の記憶

初めて自転車で旅行をしたのは中学2年の頃だった。自転車は昔から子供の頃から好きで、移動手段は常に自転車。そして家は小さな山の中腹にあったため、少しのヒルクライム能力を獲得していた。

当時の愛車はメリダのマウンテンバイクだった。そのバイクにキャリアを付け、細めのタイヤを装備して旅行仕様に仕上げた。

旅行のメンバーは同級生で自分を合わせ全員で4人。どこも親が寛容で中学生だけで旅行に行くことを許してくれた。

行き先は仙台〜遠刈田という温泉地までで、今調べると距離は40km程である。今の自分からすると1日で往復してしまう距離だが、中学生の精神には結構な冒険である。

日程は夏に一泊二日。遠刈田ではキャンプをするので、事前にテント張りや、炊飯などの練習をした。

うろ覚えだが、とにかく暑かったことを覚えている。ギラギラの太陽に陽炎が上がる路面はいかにも夏の思い出だ。そしてなによりも、すれ違うサイクリストから挨拶をされたり、バイクや車の人から声をかけてもらったりしたのがとても嬉しかった。

そして遠刈田の近くまで来たあたりで、入道雲が見えた。キャンプ場までは行けるだろうと考えていたのだが、それが甘かった。

キャンプ場は山の上にあるため、ヒルクライムになったのだが、途中から雨が降り出した。次第に強くなり、雷の音が響き始めた。キャンプ場までは、もうすぐのところまで来ていたので先を急ごうかと思ったが、状況はさらに悪化し、雹が降り始めた。

進むのをやめて路肩の藪に避難した。気温がどんどん下がり、ガタガタと震えながら、止むのを待った。近くの民家には雷が落ち、命の危険を感じたため、通りかかった車に助けを求めた。一台止まってくれたが、事情を話すと親に連絡しろと言って去って行った。いま思うと中学生が雷雨の中助けを求めているのに放っておく大人とはいかがなものか。やがて雨は弱まった。

ひとまず下山し、温泉に浸かって身体を温めようということですぐに意見は一致した。いざ藪から動き始めると、友人の背中に人差し指大程の毛虫がいた。彼はパニックだが、周りは大ウケである。それ程までに安心していた。

下山して温泉に浸かった。体の芯まで温まる。これ以降の自転車旅で何度温泉に癒してもらっただろうか。

再びキャンプ場に向かった。夕方になっていたので急いでチェックインしなければならない焦りからか、友人2人が同時にこむら返りを起こした。

無事にキャンプ場に着くと、管理人の人が帰る間際だった。チェックインした時に聞いたのだが、雹が降るのは8年ぶりだったという。何という幸運だろうか。

夜は中学生らしい話をしながら眠りについた。

翌日も暑かった。しかし覚えていることといえば、途中のコンビニで見知らぬおばさんから1人500円をもらったことだ。

そんな出来事が自分の自転車旅の原体験となっている。天気に恵まれないことと、登り坂で少し強いことはこの頃から変わらないようだ。

 

寒い寒い多摩川へ

サイクルアパレルメーカーのLe ColがStravaで150km走ると£50のクーポンをくれるとのことで、昨日までに100kmを走り終えていた筆者は、残り50kmを消費すべくルートを思案していた。

 

昨日は荒川沿いを走って強風で散々な思いをした。今日はいくらか風は弱まっているが、風はある。荒川に行くのは億劫だった。というのも川沿いは風が強くなるから、そして環七を北に行くとなにかと渋滞や自転車通行禁止の区間があるため、とても疲れる。

 

そこで今日は南に行くことにした。別に南が暖かいと思ったわけではなく、久しく環七を南下することがなかったからだ。目的地はだいたい自由が丘とか等々力とかその辺をイメージして、出発した。

昨日よりも寒かったので、重ね着を増やした。ロングタイツの下にヒートテックのロングタイツを履き下半身の寒さ対策。上は昨日と同じくらい最強のコルモピアインナー。さて、南下すると今日は少し追い風で快調である。環七は結構アップダウンが多いのだが、今日はあまりスピードを落とすことなく進んで行く。

 

しばらくして標識に二子玉川の文字が現れたので、ここで目的地を二子玉川から多摩川サイクリングロードに決定した。

環七が駒沢通りと交差するところで、進路を二子玉川方面へ。駒沢通りは木々の葉が黄色に色付いており、西日に映える。

道なりに進むと駒沢オリンピック公園多摩美などを通過して、二子玉川RISEに着いた。どこも立ち寄りたかったが時間がなかった。二子玉川RISEには今年の7月、ツールドフランスのイベントで、訪れた。その時はJsportsのイベントで栗村さんとサッシャさんのトークを観ることができた。ちなみに栗村さんとサッシャさんの番組を観ると絶対にサイクルロードレースが好きになるので必見です。

 

RISEから多摩川の方に抜けて、自身初の多摩川に到着した。普段の荒川に比べると細い川、道路だが、天気も良く心地よい。下流には武蔵小杉や川崎など、人がいる気配がしたことと上流の方が人が少なそうな雰囲気だったことから上流にバイクを向けた。出来るだけ人は避けたいのだ。

多摩川サイクリングロードの正しい道が分からなかったせいか、上流に進むにつれ舗装路がなくなってしまった。ひたすら砂利、土、泥の悪路が続く。もともとオフロードは好きだが、普通のロードバイクで進み続けるには険しい道だ。ここで頭をよぎるグラベルロードの誘惑。ここ一ヶ月くらいこの誘惑に襲われているがまだ踏ん切りがついていない。

そんなことを考えながら、さすがに悪路すぎるので、土手に上がることにした。そこからはスムーズにグイグイ加速。やはりロードバイクは舗装路を走るために生まれたのだ。

狛江のあたりに来たところで景色がひらけた。ここが今日のゴールだなと夕日を見ながら思った。写真を撮って、世田谷通りを通り帰ることにした。

f:id:Kompleks:20181216103823j:image

今回は環七を南下したことで、改めて南に行く魅力を発見。多摩川はまだまだ探検しがいがあるため、やはりグラベルロードを買うのが良いだろうか…

 

 

強風に立ち向かえ

今日は荒川沿いを走り、目標70kmを目指し家を出発。天気は良いが、寒くそして風が強い。今日は先日コルモピアで購入した、ミドルインナー(風に強いらしい)を着て初のサイクリング。

いつも通り環七を赤羽方向に走り出す。今日の風の強さは自転車が煽られてしまう程だ。風は強いが、ミドルインナーのお陰か、上半身の寒さは感じない。ちなみに足元が寒いので今回は靴下を二枚重ねてみたがやはり寒い。

板橋本町の交差点を左に折れ、戸田橋方面に進路を変える。そこからはずっと道なりなのだが、今まで横風だった風が、向かい風に変わった。志村坂上など三田線沿いを通りつつ、戸田橋にたどり着いたところで、橋の側道に入り、荒川沿いに出る。

今日の荒川は強風吹き荒れる、最悪のコンディション。最初は横風がひどく、風に煽られまっすぐ走ることができない。途中から向かい風に変わったのだが、そこからは頑張って踏んでも20km/hほどしか出せず、普通に走ると14,5km/hしかでない。ここはもうヒルクライムの練習に切り替えた。ただただきついだけだが、全ては強い自分になるためだという、自己啓発を行いながらペダルを踏んだ。そんな中澄んだ空気のお陰で富士山を拝むことができた。すでに雪化粧を終えている富士山の存在感はやはり圧倒的である。

土手から川沿いに移ると、荒川の水面も風に乱されているのが見えた。空飛ぶ鳥も風に煽られている。だんだんと嫌気がさしてきた。常に風のゴーという音を聞いているのも頭がおかしくなりそうだ。

そんな状況で、幸魂橋をあたりで引き返すことにした。つらいサイクリングを続ける必要はない。

踵を返すと、今までゴーゴー鳴り響いていた風の音が消え、ペダルを踏むとぐんぐん加速していく。来た道を戻るのだが、ほぼ倍近いスピードで走行することができる。今までの苦労はなんだったのか。

今日学んだ教訓は、状況は捉え方次第といったところだろうか。立ち向かえばトレーニング、うまく利用すれば楽しめる。やはり気持ちの持ちようだろうか。

f:id:Kompleks:20181214182547j:image

Il Lombardia観戦記③〜夕日に消えた海峡のサメ〜

早朝に目がさめる。朝食(昨晩のフォカッチャ、ココナッツのヨーグルト、これが美味)を済ませてさっそく出かける。まずはIl Lombardiaのゴール地点を下見。昨日まで何もなかったが、ゴールゲート、柵が設置されている。レースに向けて気分が高揚する。

f:id:Kompleks:20181205103459j:plain

ゴールゲート


駅でモナコへ向かうチケットを買う必要があったため、コースを下見しつつ、駅の方向へ歩みを進めた。ゴール前のストレートの柵にはスポンサーのロゴが並んでいる。
SHIMANOPINARELLOALFA ROMEOALFA ROMEOのロゴが特に美しい。

f:id:Kompleks:20181205103309j:plain

Pinarelloの看板

湖畔の方向にBahrain Meridaのトラックがあった。カラーリングは完全にトランスフォーアーのオプティマスプライムである。他のチームのトラックが並んでいた。それぞれのトラックを写真に収めていくと今度はテントが見えてきた。ピナレロのブースなどが設置されている。ここは明日のグランフォンドの受付地点になっている。多くのサイクリストが集まっている。ここを訪れてサイクルイベントに参加したい意欲が湧いてきた。

f:id:Kompleks:20181205103524j:plain

メリダのトラック

f:id:Kompleks:20181205103602j:plain

BORAのトラック

そのまま歩いて湖の西側のVilla Olmo(オルモ邸)に向かうことにした。Villa Olmoは18世紀後半に建てられ、ナポレオンも滞在したとのこと。湖畔を歩いていると紅の豚に出てくるような水上飛行機が空を飛んでいる。付近にはAero Clubがあるようだ。穏やかな天気でコモの湖面も美しく輝いている。今日のIl Lombardiaで選手たちがコモ市街まで向かう道を眺めるとやはりなかなか急峻な山である。

 

f:id:Kompleks:20181205103838j:plain

Villa Olmoの大会本部

Villa Olmoについた。美しい建物である。Villa Olmoの建物に近づくと、Il Lombardiaの看板が立っている。建物に入ろうとすると、止められた。今日はIl Lombardiaの本部が設置されているとのことだった。散歩ついでにVila Olmoの裏に向かうと、Gio d’italiaのオフィシャルカーが停まっていた。

 

それからコースを沿って、駅に向かいチケットを購入しパニーニを買い、ホテルに戻った。Il Lombardiaの状況をテレビで確認する。ちょうどテレビ中継が始まった頃で、フィニッシュ地点の広場がスタジオのようになっている。

レースはギザッロ教会を過ぎたあたりである。サイクリストの聖地と呼ばれるこの場所でも観戦したかったが、初めての観戦で山の上まで行くのは不安だったので、またの機会にしたい。ちなみにギザッロ教会では自転車のお守りが売っているらしい。

 

いよいよコモに近づいてきたため、ゴール前に向かうと、すでに柵のところに多くの人がつめかけている。場所を探していくとどんどんゴールから離れて行く。途中プロテインのお菓子を無料配布していたのでここは機を逃さずいただいておく。最終的にレース映像が見られるビジョンの近くに陣取ることができた。この時点でニバリとピノーの一騎打ちの様相を呈していたため、地元イタリア人はヴィンチェンツォの大合唱。さすがに愛されている。

f:id:Kompleks:20181205103938j:plain

ゴール付近のモニター

先導の車などが、ゴール前にやってきた。その後ろに逆光で影になっているが、ティボピノーの姿が見える。勝利を確信し、ゆっくりとゴールに近づいている。

 

ここで念願の初めての柵叩き(?)を体験。続いてニバリが通り過ぎる。地元民は大喜びである。

 

そこからはゴールスプリント。正直目の前を一瞬で通り過ぎていったため、ほぼ誰が誰だかわからなかったが、かろうじてダン・マーティンは確認できた。(集団の後方だったが。。。)

 

 

レース後すぐに表彰式の会場へ。そこまで人がごった返しているわけではないので、メディア席のすぐ後ろのあたりまでは行くことができた。

表彰式でもやはりニバリ人気は絶大。娘さんと一緒に登場してからはヴィンチェンツォコールが止まらず、ピノーが登場してからもニバリコールは続いていた。さすがにピノーは可哀想。

シャンパンファイトも初めて観ることができた。ピノーが開けたコルクが勢いよく近くまで飛んできた。それから緑の紙吹雪が飛び出し、ファイトスタート。よくF1中継でのシャンパンファイトでは選手同士かけあったりするのだが(レッドブルのオーストラリア人ドライバーのリカルドなんかは靴にシャンパンを入れて飲ませたりする)、こちらは観客方向にシャンパンを振ったあと、表彰台3人で乾杯しゆっくり飲んでいる。

f:id:Kompleks:20181205103954j:plain

表彰式の様子

 

レース結果は

.ピノー(グルパマFDJ

2.ニバリ(バーレーンメリダ

3,トゥーンス(BMC

4.ウラン(EF

5.ウェレンス(ロットソーダル)

6.イザギレ(メリダ

7.イカ(ボーラハンスグローエ)

8.ポッツォヴィーヴォ(メリダ

9.マーティン(UAE

10.ベネット(ロットNLユンボ

 

 

表彰式後に表彰台の横の方に行くと、見たことのある人がいる。コンタドール!スリムでとても格好良い。

 

表彰台に立った3選手がインタビューしている間、その付近で出てくるのを待った。するとインタビューを済ませたニバリが目の前に現れた。ヴィンチェンツォコールに包まれながら、海峡のサメ(ニバリの愛称)は夕日の方へと消えていった。

f:id:Kompleks:20181205104306j:plain

インタビューゾーン

f:id:Kompleks:20181205104323j:plain

ニバリが消えていった夕日



次にピノーがインタビューを済ませて、我々の視界から消え、街の方に去っていったのだが、それから彼の姿をみることはなかった。

 

優勝したピノーは翌日のフランスのスポーツ紙、L’QUIPEの一面を飾った。Pinot Sacré(聖ピノー)と記されたこの表紙から、いかにフランスのサイクリング界が望んでいた勝利かというのが見て取れる。何と言ってもIl Lombardiaでは1997年のジャラベール以来のフランス人の優勝である。

 

初の現地観戦はとても刺激的な体験だった。コモの街は美しく、治安も良い感じがした。また今度訪れたい。その時はグランフォンドでコースを走ってみたい。皆様もぜひ機会があれば現地観戦いかがでしょうか。

 

f:id:Kompleks:20181205104958j:plain

可愛いカラーリングのジロバス