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Kompleks Graffiti

音楽、イギリス、哲学等について記していきます。

旅のすゝめ 〜 アウシュヴィッツ=ビルケナウその②〜

旅行

前回のエントリーに引き続きアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所を訪れた時の旅日記です。

 

今回はアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所アウシュヴィッツの方について書きます。(アウシュヴィッツとビルケナウは異なる収容所です。)

 

クラクフを朝に出発し、バスでアウシュヴィッツ=ビルケナウへ向かいました。アウシュヴィッツクラクフから75kmのところに位置します。1時間半ぐらいの移動でしたかね。道中の風景は平野が続いているためあまりちょっと退屈でした。

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ポーランドの車窓から

 

 

特にトラブルもなく無事に到着。受付に向かい英語のツアーに参加することにしました。 

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受付の建物のあたり

 

施設内に入っての第一印象はとても綺麗だなと思いました。すごく手入れが行き届いてるのだと思います。正直虐殺などが行われていた場所には思えませんでした。

 

まずはゲートに向かいました。「ARBEIT MACHT FREI(働けば自由になる)」のスローガンが掲げられています。

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収容所の内部を心理学者の目線から書いたフランクルの「夜と霧」にはこう書かれています。

元収容者についての報告や体験記はどれも、日収容者の心にもっとも重くのしかかっていたのは、どれほど長く強制収容所に入っていなければならないのかまるでわからないことだった、としている。

働けば自由になるという言葉が虚しく響きます。。。

 

確かゲートの近くにこんな写真が展示されていました。音楽隊の写真です。人々を音楽で出迎えたそうです。また強制労働も免除されていたそうです。

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ゲートをくぐっていくと住居施設が見えててきます。アウシュヴィッツの方は元々はポーランド軍の施設だったそうで、建物の作りなどはとても立派です。自分はしっかりした知識を持っていなかったのですが、自分の収容所のイメージはビルケナウの方(後述)でアウシュヴィッツではないんだなと知りました。

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下の写真は銃殺刑をしていた通称「死の壁」だそうです。脱走者やレジスタンス活動者が射殺されていたそうです。現在も献花がされています。

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収容者の入所時に取り上げられたものの展示です。

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大量の眼鏡

 

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 義足などの補装具 

 

障碍者ナチスからは排除の対象となっていましたので入所時の「選別」の時点でその後の運命は決まっていました。

 

収容者の服も展示されていました。洗うことも交換も許されていない極めて不衛生な状態での生活を強いられていました。

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今回は以上で次回ビルケナウとまとめを掲載したいと思います。

なかなか当時はブログを書くことを予想していなかったため、写真の数、質が悪いことをお詫び申し上げます。